9/19を忘れまい

  • 2015.09.19 Saturday
  • 03:04
私は、専門学校で戦後の児童文学を講じる時、教育基本法とジョン・ダワーから語り起こします。
そのため、今日はこれを読み上げました。
以下、しばらく引用です。

敗北感を超える 
 教育基本法の改定、つづく教育三法の強行採決という矢継ぎ早の事態の進行を目のあたりにして、それに反対したり慎重審議を望  んだ人たちの間には、虚脱の気の流れもあるやに思われます。教育という国民(ピープル)一人ひとりの内面に直接かかわる問題が、国会の多数決で、じつに、あっという間に立法されたのです。多数決は、民主主義が本来すべての人びとのちがいを前提に、合意に達することをめざしつつも最後の手段として、やむをえず容認しているもっとも形式的な手続きであり、それが、今回は教育についての最重要案件に濫用されて、事案の処理が行われたことは、とうてい許すことができません。けれども、冷静に事の経過をみつめることが、今こそ大切なことだと私は考えます。
(略)
新しい挑戦を
 私たちは、今敗北感におかれているときではありません。かえって新しい、より広く深い問題への挑戦を求められていると考えます。生命(いのち)を大切にしあうとはどういうことか、人間とは何か、教育とは何か民主主義とは何かなどなど、本質的な問いを、現実の私たちの生活の土台から問い直すことを迫られています。そういう問いを、ごく身近な人びととの間で話し合い、思いを分かち会うことが求められています。
 この小冊子では、黙ってはおれないそのような思いを、手短に語ってみました。何らかのご参考にもなれば、と思っております。
                                      二〇〇七年七月四日 著者

−−大田堯『『はらぺこあおむし』と学習権ー教育基本法の改定に思うー』(一ツ橋書房 2007年9月)の「まえがき」より

日本国憲法の「理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」として1947年に公布/施行された「教育基本法」を、内心に介入し「教化」に傾斜したものに「改悪」したのは、第一次安倍政権です。
網掛け部分を「安保関連法案」や「平和」に置き換えると、そのまま今回の状況に当てはまります。
いや、違うところがありますね。
「虚脱の気の流れ」「敗北感」
これは、今回は言い得ていないように思いますがいかがでしょう。

水曜日の国会前で、シールズの若者のスピーチで「いま、泣きそうな顔をしている方がいらっしゃいますけど、まだ終わってません。ぼくらは負けませんから」というような一節がありました。

みなさん、反撃開始です。



 

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